ジャーナリスト 堤 未果
日本ではすぐに下火になったものの、アメリカ国内では「北朝鮮のサーバー攻撃疑惑」への非難が、オバマ大統領、FBIおよび商業マスコミによって拡大し、新年早々腑に落ちない展開を見せている。
ことの起こりはこうだ。北朝鮮のパロディ映画「ザ・インタビュー」を制作したソニーピクチャーズ社が、外部からのハッカー攻撃を受けた。「上映したら9.11を起こす」という脅迫により国内の映画館が次々に公開停止を発表、だがここから事件は急激に、国家レベルの問題に拡大してゆく。時を同じくしてFBI(米国連邦捜査局)がこのサイバー攻撃を北朝鮮による犯行だと発表し、同日の記者会見でそれを引用したオバマ大統領が「これは安全保障への脅威」だと、公式に非難したからだ。
奇妙な事に、「北朝鮮による犯行である証拠をつかんだ」というFBIの発表には具体的詳細が乏しかった。これは近年、NSAによる各国政府への盗聴行為で世界に知らしめた、NSA(安全保障局)の高度な通信傍受能力と矛盾する。
専門家達からもFBIと政府の「北朝鮮犯人説」に疑問の声が上がっていた。サイバーセキュリティを専門とし、FBIに捜査協力をしていたNorse社のカート・スタンバーグ上級副社長は、今回のソニーピクチャーズ社に対する攻撃が北朝鮮ではなく内部の社員による犯行である可能性を指摘し、6人の容疑者リストを提示している。
また、過去数年間に主要企業にサイバー攻撃を仕掛け機密情報を盗んだハッカー集団の1人として多くの罪状で起訴されているヘクター・モンセキュールは、CBSニュースに出演し、IPアドレスの使用数がわずか1024個(米国は10億個、日本は2億個)の北朝鮮が、今回のようなサイバー攻撃を実施できる可能性をはっきりと否定した。「犯人がPSEサーバーから盗み出した100テラバイトの情報を北朝鮮のコンピュータに転送するだけで、同国のネット回線はあっという間にパンクするだろう」
関与を否定する北朝鮮側も二国間共同調査への全面協力を申し出た。だがFBIとアメリカ政府は、問答無用でこれを却下、続いて国内の商業マスコミが過剰なまでの北朝鮮批判報道を展開していくという、イラク、アフガニスタン、シリアなどで世界が目にした不自然な展開が、またしても繰り広げられている。
「どこかの国の独裁者が、我がアメリカ合衆国に検閲をさせるような事を、決して許してはならない。我々はそういう国民ではないし、アメリカはそんな国ではないからだ」
年末の記者会見でこう宣言したオバマ大統領は、年明けには速やかに、「対北朝鮮経済制裁」の大統領令に署名した。
「言論の自由への侵害」と「安全保障への脅威」という大義名分。だが本当にそうだろうか。今回のサーバー攻撃で暴露された社内メールの一つは、この映画の制作過程にアメリカ国務省が関わっていた事を明らかにしている。ソニーピクチャーズ社が敬遠しようとしたにも関わらず、金正恩暗殺という結末を、米国国務省がごり押ししたという内容だ。
脱北者で韓国人政治活動家のパーク・サン・ハックはガーディアン紙のインタビューで、同映画のDVDとUSB各十万個を風船に付けて今月末に北朝鮮にまく予定だと話した。
「金正恩が倒れれば、北朝鮮の体制は崩壊する」というハックは、この映画が北朝鮮の国民が現体制への疑問を生む事を期待するハックの活動資金もまた、シリアや香港の反政府運動の時と同様、アメリカ国内の非営利人権団体が提供している。
一方、この一連の動きとは対照的に、モスクワの在ロシア北朝鮮大使館は、一国元首を暗殺するというこの映画を厳しく批判、「テロリズムを肯定し、奨励している」とする声明を発表した。ミハイル・シヴィトコイロシア大統領特別代表もまた、ロシアと北朝鮮の関係の深さを強調し、この映画のロシア国内での上映に反対の声をあげた。
米国では「悪の枢軸」の一つである北朝鮮。わかりやすい悪の図の裏に、現国際社会が抱える様々な力学が見え隠れする。拉致問題を抱える国の国民として、引き続き真相を追ってゆく必要があるだろう。
週刊現代「ジャーナリストの目」連載記事