ジャーナリスト 堤 未果

 二〇一七年に予定されている香港行政長官選挙制度改革への反発をきっかけに始まった, 香港の抗議デモ「オキュパイ・セントラル」。

  中心核である学生組織「学民思潮」の代表で十七歳のジョシュア・ウォンは、「傘の世代」と呼ばれるポスト天安門事件世代の一人だ。15歳で同組織を立ち上げたウォンは、今回九月に香港内の大学で授業ボイコットを始め、各地のストライキを指導、最終的に金融街での占拠行動へとつなげた。

  ウォンは学生達に呼びかける。「この国の未来は君たちの手の中にある」と。香港の未来を、中国本土のような縁故主義と腐敗に染まらせてはならないと。

   ウォンの呼びかけに反応する学生や労働者達の姿は、一九八九年の天安門事件の背景にあった、もう一つの中国を思わせる。

 あの時北京では、十万人を超す市民と学生が、民主化と経済的自由の拡大を求めて座りこみを行った。戒厳令を発動した政府によって投獄され処刑された抗議者たちの大半は、80年代に党が導入した、ミルトン・フリードマン推奨の「規制緩和政策」に反発する労働者だった。

  自由市場の開放に舵を切ろうとしていた政府にとって、もっとも脅威となる層だ。

 そしてあの事件からわずか三年で、中国国内に設置したいくつもの経済特区は、海外資本家たちに素晴らしい恩恵をもたらすことになる。規制の緩さ、縁故主義の役人たち、大量の低賃金労働者という、多国籍企業にとって黄金の3大条件を備えた、巨大な新天地が誕生したのだ。

 その後新自由主義へとシフトした中国は億万長者を次々と生み出し、労働者はますます搾取されるという米国同様の構図が完成した。ただし共産主義という権力支配構造を維持したまま資本主義に移行した中国では、改革が生んだ億万長者は共産党幹部関係者が占めている。

  ひるがえって渦中にいる香港はどうだろう?

  80年代に中国党幹部に新自由主義を紹介したミルトン・フリードマンは、ウォールストリートジャーナル紙上で香港を、小さな政府、税金の低さ、自由貿易という特徴を備えた地域として絶賛している。

  新自由主義優等生の香港は、経済水準は高いが経済格差も非常に大きい。英国からの返還後、中国共産党と多国籍企業群のコンビは、この経済格差をさらに悪化させてきた。本土に移転された製造業雇用の8割は失われ、高い家賃と低賃金に苦しむ人々は5人に1人が貧困ライン以下の生活をしている。今回のデモに参加した多くの労働者が経済的自由を訴えているのはこのためだ。

  だが果たして今回のデモの先にある未来は、彼らの望む民意や労働者の権利につながってゆくだろうか?

  アメリカでは80年代以降、急激に拡大し政府への影響力を得た多国籍企業の意向で、世界各地の市場開放推進政策がとられている。アメリカ国務省から資金を受ける全米民主主義基金(NED)は世界中の反政府・民主化デモを後押しし、資金や戦略指導などを行ってきた。政権倒壊後に開かれた市場は、例外なく彼らのビジネスチャンスになっている。

  今回の香港の民主化デモも同様だ。

  二〇一四年四月。NED傘下の「全米民主国際研究所」(NDI)にて、オキュパイ・セントラル主催者の一人であるマーティン・リーは、香港には中国本土を、香港と同じ欧米式統治に変える役目があると述べている。香港での影響力を維持したい米系多国籍企業群や投資家達にとっても、今回のデモは重要な意味を持っているのだ。

  香港の活動家たちは、この抗議デモが目指すものを「資本家による国民の抑圧構造との闘い」だという。  だが、共産主義下の新自由主義から、多国籍企業率いる米国コーポラティズムに移行するならば、待っているのは同じ未来だろう。

  真摯に声を上げている香港の若者と労働者の望む未来は、このどちらでもない、第三の道なのだ。

  週刊現代 連載「ジャーナリストの目」 掲載記事