ジャーナリスト 堤 未
二〇一四年六月十八日。
「児童ポルノ禁止法改定法」が参議院本会議を通過した。
漫画とアニメは「表現の自由侵害」に拝領して規制対象外となったが、自らの性的好奇心を満たす目的でのデジタル画像を含む児童ポルノ所持には、1年以下の懲役または100万円以下の罰金を伴う刑事罰が導入される。
警察庁のデータでは、去年1年間に児童ポルノ禁止法違反の検挙数は1644件、被害児童数は646人、うち小学生以下の児童は92人だ.
いずれも過去最多だが、果たして今回の改定法に抑止効果はどれ程期待できるのか?
今回の改定法のメインである「単純所持禁止」によって、今後「児童ポルノ」は銃や刀や薬物などと同様「禁制品」の枠に入ることになる。だが奇妙なことに、今回の対象である「児童ポルノ」には、銃や刀のように詳しい定義が存在しない。条文には「性欲を興奮させ又は刺激するもの」という表現が繰り返し出てくるが、一体この判断は誰がどういう基準でするのだろう?
立証は難しくとも疑いがかけられた時点で捜査対象になり、基準があいまいなまま警察権限のみが大幅に拡大される。「捜査機関による乱用」は付帯決議への注意記載のみで法的拘束力はなく、むしろ誤認による「冤罪」のリスクに注意すべきだろう。
諸外国の実例をみても、児童ポルノの冤罪は他の事件に比べ社会的ダメージが非常に大きいからだ。
一九八七年。ニューヨークでパソコン教室の教師が同性愛者である事に逆上した保護者達が、教師に児童虐待の罪をかぶせ、当時18歳の息子も共犯者として懲役18年の刑が課せられた。教師は獄中で自殺、息子は出所後も体内に性犯罪者用電波発信器が埋めこまれている。
二〇〇三年にテキサス州で育児中の子供の授乳写真を現像に出した母親は、写真屋に通報された結果「児童ポルノ所持罪」で起訴された上に親権を剥奪された。長期にわたる裁判の末、親権だけは取り戻せたが、訴訟費用の弁償はなく夫婦共に破産に追い込まれている。
二〇〇八年にイギリスで起きた事件は、盗まれたクレジットカードが児童ポルノサイトで使用された事で摘発・起訴された冤罪事件だ。こちらも被害者は無罪が証明された後も、社会的地位を失い、勤務先を解雇されている
加速するインターネットやスマートフォンの普及が捜査対象範囲を急速に広げるいま、こうした海外事例の検証は、今後より重要になるはずだ。
日本雑誌協会と日本書籍出版協会は今月5日に、同改定法は児童保護と言う本来の目的を逸脱しているとする反対声明を出している。
児童保護を目的とした法律であれば、肝心の被害児童のプライバシーや心のケア体制の拡充、児童買春そのものの取締り強化やそのための具体的予算には何故触れないのか。こうした問題を放置したまま表現物規制にばかり焦点をあてるのは本末転倒だという批判の声も少なくない。児童ポルノの製造、頒布、提供、拡散、アップロード行為はいずれも現行法で摘発可能であり、他に取り組むべき緊急課題があるからだ。
例えば児童に対する性的虐待の現状において、加害者の六割が義父母および内縁の夫妻によるものだという統計への対応は、法案に盛りこまれていないが待ったなしだろう。児童ポルノ単純所持を禁止したとしても、彼らは常に生身の児童に接しており、家庭内虐待は最も見えづらい犯罪だ。
国を挙げて子ども達を守る際、法の力は侮れない。
ならば定義や効果が不明瞭な「禁制品」を増やすより、周囲の大人による対処法や、子供たちが自らの身を守る為の「安全教育」整備に力を入れるべきではないか。
(週刊現代 連載 「ジャーナリストの目」7月3日号 掲載)