ジャーナリスト  堤 未果

四月一日より5%から8%に引き上げられた消費税増税をうけ、各業界では一気に価格転嫁が起きている。

安倍総理はデパートを視察し、「消費税が8%になったので(導入時より)高くなった実感がした値上がりを感じた」と発言、増税分は社会保障にあてると強調した。

 

だが今後継続的に引き上げられる消費税増税によって、逆説的に負担が増える社会保障分野について、一体どれだけの国民が知らされているだろう?

通常の課税取引であれば、仕入れ時支払った消費税は控除の対象となり、納税しても事業者に損得は発生しない。だがこの控除が受けられない分野がある。

医療機関だ。

医療サービスは、社会政策的な配慮から非課税取引とされているため、医療機関は、最終消費者である患者から消費税を受け取れないしくみになっている。

 

利用者が窓口で支払う医療費に消費税はかからないが、医療機関が他の事業者同様大量に仕入れる薬や医療機器などの代金、建物の建設や改修、パソコンなどの消耗品購入や外注費用には、全て消費税が課税され、「仕入れ税額控除」が認められていない。

 

消費税5%時に日本医師会が行った調査データによると、社会保険診療の売上に対し医療機関が支払った消費税の平均額は一病院で三億9200 万円。仮に今後消費税率が10%になれば倍額の7億8000 万円となり、診療報酬の約2 . 6%が控除対象外消費税負担として医療機関にのしかかる事になる。

 

年間3億6千万もの負担を追っているという私立医大病院を筆頭に、国立病院機構、厚生連、自治体病院、地方独立行政法人、全国の小規模診療所も含めた全国平均負担率は約2.2%だ。これ以上消費税が上がると医療機関の存続が難しくなるという各地からの悲鳴は年々大きくなるものの、国民にこの危機感は殆ど認知されていない。

 

国はこの間この「控除対象外消費税問題」に対し、制度の不備を改革する代わりに医療サービスに対する診療報酬の上乗せで補てんするという先送り措置をとってきた。

だがこの対応は殆ど機能していない。

上乗せリストの約半分が診療行為として実施されていない事に加え、上げ幅も医療機関の持ち出し分2.2%には不十分だからだ。

 

そもそも医療行為を非課税とするならば、中途半端な納税義務が生じる現行制度自体に問題がある。非課税である筈の医療に消費税納税義務が生じると言う現行制度の不備がもたらした負担を、医療機関から患者につけかえる診療報酬上乗せというやり方はさらなる問題の先送りだ。

 

消費税率の上昇と共に医療機関の経営悪化を加速させ、地域医療の連携を崩し、この国の医療制度を崩壊させるリスクがある。

 

医療サービスを課税対象として仕入れ税額控除を認める代わりに診療報酬での補てんを廃止、ただし患者への急激な負担とならないよう「軽減またはゼロ税率」で行うなど、既に出ている現場からの現実的な提案を真剣に検討する制度改革議論を進めるべきだろう。

 

「社会保障と税の一体化改革」とは一体何だったのか。

 

マスコミは消費税の問題を取り上げる際、目に見える物価ばかりに焦点をあてる。だが誰もが当事者になる医療という重要分野への影響は全くといって良い程ほど取り上げられず、私達に医師達の警鐘は聞こえてこない。

増税推進派は繰り返し主張する。「社会保障を持続可能にするために、消費税増税はやむを得ない」と。

 

だが本当にそうだろうか。

 

この国の未来を支えるための増税が、医療崩壊を加速させるとしたら、これ以上の皮肉はないだろう。政府内ではすでに10%へと向かう議論が開始された。いのちにかかわる分野についての重要変革がなし崩しに進んでゆく前に、丁寧かつ冷静な国民的議論が求められている。

 

(2014年6月 週刊現代連載:「ジャーナリストの目」掲載)