ジャーナリスト 堤 未果
二〇一三年十二月二十九日。
アメリカ政府は130万人分の長期失業手当を打ち切った。
理由は「経済が回復し始めた事」。これによりリーマンショック以来延長を繰り返してきた緊急援助予算は今後さらに打ち切られる見通しだ。
二〇一四年末までには五百万人の長期失業者が手当を失うこの流れに、国民の間からは政府に対し強い批判の声が上がっている。
「経済が回復しているという政府発表は事実ではありません」
そういうのは、ニューヨークのホームレスセンターで働くリサ・マクガバンだ。
「アメリカの実体経済は、不安定雇用と高い失業率が続いている事を示しています。かつてないほどのスピードで拡大しているテント村を見て下さい」住宅ローンや家賃が払えなくなり、家を失った結果テント暮らしをする人々の数は、リーマンショック以来減るどころか増えている。彼らの集まる「テント村」は今や国内のすべての州に存在し、急速にその規模を拡大させているのだ。
「現在国民の50人に1人が無収入である中、緊急援助予算の削減は失業手当の受給者数を減らし、統計上の失業者人口と失業率をますます減らすでしょう。手当を失えば家賃も払えなくなり、住所不定になることで就職活動は困難になる。職探しをあきらめた失業者は政府データに反映されません」
政府はさらに、現在4700万人が受給し、新規申請者が一日二万人のペースで増加を続けるフードスタンプ(政府による食糧援助プログラム)を四〇〇億ドル(四兆円)削減、受給額は以前の四分の三に縮小されている。
「職に就かない若者の増え方も深刻です」とリサは言う。
シカゴ、ヒューストン、ダラス、ニューヨーク、マイアミ、ロスアンジェルス、フィラデルフィア、アトランタなどの大都市に住む、学校に通わず仕事にもついていない十六歳から二十四歳の若者の数は、600万人を超えているという。この年齢層の失業率は16・3%と米国全体の約二倍だ
消費が冷え込んでいるために小売業はクリスマス商戦で売れ残った大量の在庫を抱え、家を買う米国民が激減した事から、住宅ローン会社は数千人規模のリストラを実施した。
実体経済と反比例して、国内の報道は明るい内容だ。失業率の低下に加え、住宅市場の回復し、株価が上昇し、失業率は下がり出し、「米国経済は回復に向かっている」というニュースを繰り返す。だがこうした政府発表について、多くの国民は懐疑的だ。CNNの世論調査では、国民の七割が「景気は回復していないと思う」と答えている。
ロスアンジェルス在住の弁護士アレックス・ジョイは、政府発表と現実の温度差は驚くべきものだと指摘する。
「現在の株価高騰は、2008年のブッシュ政権以来続いている不良債権買取政策(TARP)や量的緩和など、政府が大量に投入する資金が市場に流れて株や債券の価格を押し上げているせいです。住宅価格の上昇も、実際には十一月の住宅購入件数は年初以来最低になるなど、3か月連続で減少。しかも購入者の大半は米国民ではなく海外投資家なのです」
株価の恩恵を受ける投資家や何があっても税金で救済される銀行、従業員を低賃金労働者に置きかえて利益を増大させる企業群、2012年の大統領戦で2000億円以上の広告費を得た商業マスコミなど、一部の人々にとっては、米国経済の回復は紛れもない事実だろう。
だがそれは大多数の労働者や失業者に中小企業、借金と共に卒業し職が見つからない若者や、一億人を超えるフードスタンプ受給者達の現実には重ならないのだ。
米国政府は消費を伸ばし税収をあげるための雇用政策を打ち出す代わりに、フードスタンプを減額。国民の暴動を恐れた国土安全保障省はニューヨーク州だけで百億近い特別予算を投入してセキュリティを強化した。
薄氷の上にある米国の危うい現状が、そこに重なるアベノミクスと私たち日本人に、警鐘を鳴らしている。
(週刊現代連載「ジャーナリストの目」by 堤未果)