ジャーナリスト 堤 未果
2013年12月。3回目のウクライナ・キエフ訪問から帰国した、アメリカのヴィクトリア・ヌーランド国務次官補は演説の中でこう語った。
「ウクライナに対し過去20年間で50億ドルという金額を投資したアメリカは、同国にIMF「改革」の導入を要求するつもりだ」
ウクライナをロシアの影響下からEU側にひきこみ、欧米の近代的民主主義国家にすることが必要だという主張だ。
そして自体はその通りに進行してゆく。当時ウクライナで拡大していた欧米支援の反政府運動によって、ビクトル・ヤヌコーヴィッチ大統領は政権から追い出され、欧米寄りの新政権が誕生。IMF改革の導入を決定した。
その後、政権打倒のきめてとなった二月二十四日クーデター、その数週間前にヌーランドがキエフにかけた一本の電話がロシア政府によって暴露され、物議を醸すことになる。相手がジェフリー・パイアット駐ウクライナ大使で、内容が政権転覆後の新人事だったからだ。会話の中でウクライナの新指導者として名前が挙がっていたのは、強固な親米親EUの政党幹部で、アメリカが望むIMF構造改革導入に積極的なアルセニー・ヤツェニュークだった。
在米ウクライナ人の一人、ケビン・ドミトリクは、「ウクライナはロシアとではなく、欧米と連携し、EUに加盟するべきだ」と語る。
「そうすれば、人権問題や経済問題、政治や公務員の腐敗、格差問題などの解決につながり、生活の向上がもたらされるのですから」
だが本当にそうだろうか。
1997年にIMFの構造改革を受け入れた韓国は、銀行をはじめとする国内インフラの大半が外資に売却され、経済格差の拡大が止まらない。2004年にEUに加盟したハンガリーは、その4年後には巨額のIMFの負債を背負っていた。スペイン、アルゼンチン、ギリシャ、ベトナムも同様だ。
世界を見回した時、IMFの構造改革を受け入れて、国内経済が元の水準に戻った例が果たしていくつあるだろうか。
IMFの担当者が現地入りした二〇一三年十月、ウクライナ政府へ提示された支援条件は過去の導入国とほぼ同じだった。電気とガス料金の倍額への値上げ、農地売買規制の撤廃、通貨切り下げと国有資産の見直し、福祉予算の大幅削減といった、典型的な「構造改革プログラム」だ。この実施と引き換えにウクライナが」得る40億ドルは、ヤヌコーヴィチ前大統領追放前にロシア政府が買い取る予定だったウクライナ国債約150億ドルのわずか3分の1以下でしかない。
ケビンのように「EU加盟でより良い生活ができる」という英米メディアや米国系反政府NGOの言葉を信じているウクライナ人は、4月までに着手される年金の支給額半減という措置にまず驚愕するだろう。
続いて教育予算と社会福祉が削減され、政府職員を初めとする公務員のリストラと通貨切り下げが実施され、電気やガス代が値上げされたあとは、欧米大企業を対象にした、ウクライナ国営資産の出血大セールが始まる。同国の誇る肥沃な農地は、米系アグリビジネスが難なく手にするだろう。
こうした流れの中、ロシアはモスクワにとって地政学的に最重要であるクリミア半島を、国民投票による住民の意向に従って自国に編入した。アメリカはこの選挙は「違法」だと反発したが、世界23カ国から現地入りした126人の選挙監視団に「正当だ」と報告されている。
アメリカによる経済制裁は当のロシアを揺さぶる代わりに、エネルギーをロシアに依存しているNATO諸国の経済を破壊するだろう。
欧米側の報道が蔓延するここ日本で、政府が今後の国益を見据えて立ち位置をどこに定めるのか。財政難の米国とEUからくるだろう資金援助要請を安易にのむ事だけは、回避して欲しい。
(週刊現代 連載「ジャーナリストの目」第200回 掲載記事)